2009年08月17日
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面白ショートショート『みんなその気で入れ歯いい』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 あるとき、天才少年だけの国ができた。

 天才少年達は、世間知らずで生意気だったが、何せ天才なので大人達は太刀打ちできなかった。

 もちろん、大人が運営する国々は、天才少年国を滅ぼし、子供達に大人を敬うように教育を施したかった。

 しかし、天才少年達はなかなか軍事攻撃を許す隙を見せなかった。

 だが、ある時、奇妙な噂が流れ始めた。

 天才少年国の国民は全員が総入れ歯だというのだ。もちろん、天才少年しかいない国なので、全員がまだ子供だ。

 どうやら、甘いものを食べ過ぎ、歯磨きしろと怒る大人もいないので、歯がボロボロになって無くなってしまったようだ。そして、国家予算の全てつぎ込んで入れ歯の開発と調達に邁進したという。

 入れ歯では歯を食いしばって頑張ろうにも力が入らないし、大人が子供を正しく教え導く大義名分もできた。国家予算が尽きていれば、兵器を買ったり、傭兵をやとって抵抗することもできないはずだ。

 さっそく大人の国々は軍隊を差し向けた。

 だが、総入れ歯の天才少年達を前に軍隊は敗退した。

 天才少年達の入れ歯は、リモコンで自由に飛行して相手の兵士や武器を噛みちぎるパワーと強度を持っていた。銃身すら噛みちぎる入れ歯に、軍隊はパニックに陥った。しかも大量の予備を持っていたので、1つや2つ撃ち落としても、ほとんど意味はなかった。いや、あまりにも小さく機敏に動くので、1つや2つ撃ち落とすことすら大変だったのだ。

 あわてて入れ歯の部品を禁輸対象にしたが、手遅れだった。

 このままでは、いくら天才とはいえ、子供ごときに大人が負けてしまう……。

 そう思った大人達は頭を抱えて会議室にこもった。

 しかし、答えが出ないので大人達は天才少女のところに知恵を請いに出かけた。天才少女達は、天才少年達と違って馬鹿馬鹿しい建国ごっこには参加していなかったのだ。

 質問を聞いた天才少女は即座に答えた。

 「甘いものをたくさんプレゼントしなさい」

 「それから?」

 「それだけです」

 「どういう武器で攻めればよいのですか?」

 「武器は要りません」

 天才少女はそれだけ言うと、そのまま男性同性愛同人誌作りの作業に戻り、大人達の存在を忘れてしまったようだった。

 大人達は半信半疑でひたすら甘いものを天才少年国に送り続けた。

 しばらすると、どういうわけか天才少年国の方から勝手に降伏を申し入れてきた。

 理由は「入れ歯が要るから」だった。

 しかし、天才少年国には大量の入れ歯のストックがあるはずだった。部品は禁輸したが、完成品が倉庫に山となって積まれているはずだった。

 半信半疑で天才少年国に乗り込んだ大人達は見た。肥満でふくらんだ体をもてあます天才少年達を。

 彼らは言った。

 「太りすぎて……、入れ歯のサイズが合わなくなってしまいました。このままでは流動食しか食べられません」

 そこで大人達は考えた。

 そのような単純な未来すら見通せない彼らが、本当に天才なのだろうか。

(遠野秋彦・作 ©2009 TOHNO, Akihiko)

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